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氷/指切り/依存

 あなたの右手の小指に触れた。氷のように冷たい指だった。指は動くはずもなく、両手で固く握りしめられている。
「寒いでしょう?」
 棺に話しかける。夫はいつものだらしない寝顔より、しゃんとしているように見える。ただ、目を閉じているだけのようで、呼吸しないのが不思議だった。
「嘘つき」
 私を一人にしないと言っていた。体の弱い私より長生きすると笑っていたじゃない。呆気なく、病魔は夫を奪っていってしまった。
 あなたは指切りをしないとも言っていた。指切りは約束を破るようなやつがするのだと。紙切れで証明するように、約束を確かなものにする。

――俺は約束しなくても、覚えているし、守れる
 根拠のない自信に満ちた夫の言葉に笑ったことを覚えている。
 だから、この約束も口約束だ。私との紙切れの約束は婚姻契約くらいなのだと誇らしげだった。

 私は夫の額を小突いてやる。
 もしも、あのとき指切りをしていたら。