· 

鍵穴

 鍵が郵便封筒に入って送られてきた。独特の癖字は懐かしい友人のものだ。
開けろということだろうが、私はその鍵が合う鍵穴を知らない。冒険を予感するが、奴のことだ。ろくでもないことだろう。

 そう思っていた一週間後、大きな木の箱が聞いたこともない配送会社から送られてきた。玄関を通らないため、庭に箱は置かれた。私はついにこの鍵を使う日なのだと、箱を見回した。鍵穴はない。またあの癖字が箱に書かれている。
「釘抜きで開けろ」

 親切なのか、不親切なのかわからない。頭を抱えて、工具箱を取り出した。
 開けるとまた箱だ。段ボール。鍵穴などあるはずもない。
 苛立ちつつ、ガムテープを外すと膝を抱えた人形が入っていた。
 型の古いアンドロイドは継ぎ接ぎだらけで、奴の変わった趣味を思わせる。
 どうにか、重たい人形を取り出してやると人形の手に手紙が挟まっていることに気付いた。

――プレゼント・フォー・ユー
 これほど頭にくる癖字はなかった。
 即刻返品したいが、謎の配送会社はサインも貰わず、物を庭に置いて帰った。奴の知り合いだろうことは間違いない。
 どうしたものかと人形を観察していると、鍵穴を発見した。人形の胸の中央の謎の穴が開いている。私はデニムのポケットにしまっていた鍵を、その穴にはめ込み右に回した。かちりと嵌った鍵は気持ちがよかった。

 ウインドウズの古い起動音とともに、モーター音が響いた。
「正解だ」
 わずかに喜ぶ私の声に人形は反応する。
「おはようございます、ご主人様」
 口もないのに、そいつは女性の声で喋った。しかし、ご主人様とは……。全く私の趣味ではない。
「ご主人様はやめてくれ」
「では、なんとお呼びしましょう?」
「奴に教わっていないのか?」
「奴とは元カレのことですか」
「それについて、話してみろ。資源ごみの日に出す」
「わかりました、ジェシー」
「知ってるんじゃないか」
「ジョークです」
 忘れたい過去をほじくり返して、人形は立ち上がった。奴の設定だろうことを思い、殺したくなる。
 人形は私より背が高かった。何故か、人形のくせに腕を伸ばして伸びをした。不思議そうな私の目を見た人形は抑揚のない声で言う。
「ここまでが起動設定です」
「人間らしくするなら、見た目を可愛い最新型にしたらどうだ?」
「博士の趣味です。わかっているでしょう?」
 このロボットはどこまで私達の過去を知っているのか、末恐ろしくなったことを記憶している。


 人形の名前はメアリーという。
できることは家事であり、我が家の炊事洗濯掃除を引き受けた。しかし、何故か料理のおかずはベーコンエッグばかり作った。奴の細かい嫌がらせのような設定を訂正していくと、メアリーはそつなく家事をこなした。奴よりまともである。
だが、充電は太陽光といい、晴れの日は庭で三時間の日向ぼっこをした。そのときに私が隣にいることを要求した。その設定は変えられなかった。
 日に当たると、メアリーは伸びをした。私もそれに倣う。
「どうして、家に来たんだ?」
「それは、私の心の鍵をもう少し開けてからです」
 それがメアリーのお決まりの台詞だった。


――鍵穴は開いているが、俺と君は心を開かない。
 そのたびに、大昔に奴が言った言葉を思い出す。
 いつになったら開くのか。
 わからないまま、私は晴れの日をメアリーと過ごした。
 人づてに奴の訃報を知った。

 メアリーがここに居る意味を私は考える。
 あの日、流れた子供の名前に「メアリー」という候補があったことをメアリーは知っているのだろうか。
 聞けないまま、私は今日もメアリーに話しかける。
 寂しくない日々が続いている。