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酸っぱい/悪魔/コーヒー

吐いたときの、酸っぱい感覚が思い出された。
 コーヒーをかき混ぜながら、私は彼の話を聞いた。内容はシンプルだ。別れたい。よくある話で、いつものこと。そう思うのに、今回は違う。
「どうして?」
 やっと絞り出した声は震えていた。暗に別れたくないという気持ちは伝わったろう。しかし、彼ははっきりと首を横に振った。
「他に好きな人ができたんだ」
 とてもありふれた答え。嘘をつくと、目が泳ぐ彼の癖をつい探してしまう。けれども、まっすぐに私を見つめる瞳は正直者のそれだ。本当に、私より好きな人ができたのだろう。
「すまない」
天使のように優しかった人だったからこそ、別れの言葉の冷たさが身に染みる。
「二番目でいいんだよ」
 悪魔の契約を切り出すと、彼はお金を置いて、店を出て行ってしまった。
 冷めたコーヒーを啜ると、また酸っぱさが口の中に広がった。苦味が足りないようで、彼のカップに口を付けた。ぽとりと一滴流れ落ちたブラックコーヒーは恋の終わりに相応しい味なのかもしれない。
「馬鹿野郎」
 罵ってみても、次から次へと涙がこぼれる。手元のコーヒーが今度はしょっぱくなっていく。
「甘いものだけでよかったのに」