亀は絶望した。
人類に苛められたあげく、仰向けに置かれたのだ。不安定な甲羅に、じたばたする手足。これが絶望と言わずしてなんと呼ぼう。
何時間たったのか、亀にはわからない。日が暮れかかっている。
人類に期待などできない。何より、こうしたのは人類だ。亀と一文字違いの神なども、人類のこしらえたもので縋るわけにはいかない。
乾いていく体は死を意識するに十分だ。舌を噛んで死ねたらいいのに。裏返しにされて命を終えることよりも、幸運とすら思える。自決すら許されぬこの体。憎い。全ての人類が憎い。何なら、近しい猿まで憎い。
ひっくり返った亀は頭ばかり冴えていた。寧ろ、残酷な頭の回転まで憎み始めていた。
亀は目を閉じた。ひっくり返った世界を見ながら死ぬよりはいい。亀の思い付くかぎりの幸福を思い描いた。飯に困らず、子を多く残し、ちやほやされるさまを思った。
最後は虚しさよりも色鮮やかな夢を見て死にたかった。
「佐藤さん、何してるんですか?」
「亀を助けている」
「意外と優しいんですね」
「亀だけは救うようにしている」
「は?」
「おやじ狩りは狩られる側かもしれないだろう」
「いや、おじさんも助けましょうよ」
「亀は竜宮城に連れていってくれるだろうが」
「大きな見返りを期待して?」
「悪いか」
悪くないぞ、人類。
亀は死を覚悟したところで、救われたのだった。